今までの私は物があれば安心していました。

「たとえ今は役にたっていない物でも、持ってさえいれば困った時に役にたつはず」

そう思っていたのです。

 

しかし、これは大間違いだったことに気がつきました。

 

事実は間反対だったのです。まさに発想の大転換です!

 

物を大切にするのは大切に使うこと

 

断捨離をするにおいて、物を一つ一つ手にとって向き合ってみると、あんなに役にたつはずだからと置いていた物が現実的には、1回も役立てることもなかったのです。

 

置いていることさえも忘れさっていることがとても多かったからです。

 

これには正直驚きました。我が家のクローゼット奥や屋根裏部屋に置いたままにされた物たちは存在すら無いも同然の扱いをされていたのです。

 

埃をかぶった通信教育の教材を手にとった時には、もう10年以上も前に購入したもので、その頃の自分を思い出しました。

 

懐かしい気持ちにもなりましたが、「あの頃はセカセカしていたなぁ~」とまるでタイムマシンでその頃に戻ったかのような感覚になりましたね。

 

もっとじっくり時間を味わいながら過ごすなんて全くなかった頃です。なんだか思い出すとせつなくなってきました~。

 

こういうことって形は違えどありますよね~。

 

私はお醤油やトイレットペーパーが安売りしてる時には、数多目に買うことをしていました。

 

この前、煮物をするとき買い置きのお醤油を開封しようとすると消費期限がかなり過ぎてしることに気がつき、その場で廃棄をしましたよ~。

 

得をするはずが損してしまいショックでした!!(涙

 

物から受ける影響

 

 

インテリアやよく使う引き出しなどに入っている日常生活で関係のある物たちは見ようとしなくても無意識に視界に入ってきています。

 

ある意味目に入ってくる物は私の日常生活の一部でもありました。

 

例えば、目に映るものがすっきりと片付いていたら、おそらくその心地よい空気は気持ちまで影響を受けていることでしょう。

 

穏やかな心地を誘い、たとえ忙しいなかであってもセカセカ感が薄れ、頭もクリア、地に足がついたような安堵感や安心感があると思います。

 

反対に目に飛び込んでくる物が薄汚れていたり、乱雑に散らかったりしていると、自然と気持ちまですさんだ様な心地になるのではないかと思われます。

 

私たちは無意識のうちに知らず知らず、物から影響を受けているものだなぁと、つくづく感じます。

 

行動できない理由

 

改めて思うに、私が物を溜め込みすぎたために、物が私の周りをしっかりと取り囲んでしまっていました。

 

何となく身動きがとりにくい気がしていたのは、物でがんじがらめになっていたのかもしれません。

 

例えば何かを始めよう!と心に決めて実行しようとしても、なかなか行動に移せないという時には、もしかしたら物からの影響を受けているのかもしれませんね。

 

物からのゆるやかな拘束を受けているからこそ気がつきにくいこともあるはずです。

 

私の経験上、物は置いておけば役にたつことがあるかも?と思い随分長い間置いてみて、その結果役にたった経験は、ほぼ皆無だったのが大きな教訓です。

 

自分が実体験をしてみて、これはホント実感しました。忘れてしまっていた物に対しては活かせず実に申し訳ないことでしたね。

 

いまだからこそ物を大事にするということは、捨てずにとっておくことではなくて、物を活かすことだったと、つくづく感じます。

 

台所のシンク下を片付ける

 

 

今日はキッチンのシンク下を断捨離しました。鍋類が沢山あってひしめき合って取り出すにも一苦労があったのです。

 

使うもの、めったに使わないもの、ひとつひとつ手にとってみると、「これはこれからも使うことはないだろう」というのが分かりました。

 

冷静に考えてみたら分かることなのですが、使わないのに置いておくものだから場所をとって邪魔になっていたのですね。

 

しかも使わない鍋も使い勝手が良い特等席に陣取っていたから、他の鍋さんたちにも迷惑かけて手狭で窮屈だったのです。

 

それをでごっそり処分すると、なんとまぁ、風通しが大変よくなったではありませんか~。

 

空間に隙間を作ると新しい空気が入ってくるようです。この心地よさこそが新しい自分を創り、身軽に動く原動力にもなるような気がしました。

 

安心感を得たいがために物に囲まれるようにしていた私は、いったい何だったのでしょう~(苦笑